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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)6584号 判決

原告 株式会社大成

右代表者代表取締役 今西健一郎

右訴訟代理人弁護士 和田一夫

被告 丸善石油株式会社

右代表者代表取締役 宮森和夫

右訴訟代理人弁護士 黒田静雄

主文

当裁判所が昭和四一年(手ワ)第九五〇号約束手形金請求事件につき、昭和四一年一一月二九日言渡した判決を認可する。

異議申立後の訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立及び主張は、次のように附加する外、手形判決の各該当欄に記載のとおりであるからこれをここに引用する。

原告は、「本件手形は、原告が松下忍から裏書譲渡をうけた後更に中山茂に譲渡したが、後にこれを同人から取戻し同人の裏書は抹消したものである。

原告は、本件手形を松下忍から取得するについては、原告と永年に亘り取引があり、かつ被告の特約販売店を経営している井口茂が、被告に本件手形を照会し、期日には決済される旨の確言を得た上原告に紹介したもので、原告は右のような事情から間違いないものと考えて取得した。」と述べ、

被告は、「(1)本件手形は盗難にかかった手形であるが、第一裏書人光亜建設株式会社の住所及び代表者名が実際と異っている(2)該名下押捺の印影が一見して同会社の印とも代表取締役野口の印とも認められないものであって、その裏書自体からみても偽造されたものであることが明白である(3)第二裏書人松下忍は仮空人である(4)本件手形(甲第一号証)によれば第三の裏書が存在していたが、原告はその上に他の用紙を貼付してこれを抹消し、自己の名義を記載していることが認められる、などの事情よりすると、原告は、本件手形が不正な裏書により譲渡されるの情を知りながら取得したものか、さもなければ原告が手形割引を業とする金融業者である以上裏書が真正であるか否かについては注意を払うのが一般であるから著るしく注意を欠いたものというべく本件手形取得につき重大な過失がある。従って原告は正当な手形権利者ではない。」と述べた。

≪証拠関係省略≫

理由

(争いのない事実)

被告が原告主張の手形を振出したことは、当事者間に争いがない。

(原告の善意取得の主張について)

≪証拠省略≫を総合すると本件手形(甲第一号証)は、昭和四〇年一〇月一九、二〇日頃和歌山県有田市初島町浜一、一六〇番地の光亜建設株式会社事務所において、盗難にあったこと、同会社の本件手形の第一裏書は何人かの偽造であることが認められるから本件手形の第二裏書人松下忍は無権利者から本件手形を譲り受けたことが明白である。しかしながら甲第一号証によれば、前記会社から松下忍を経て原告に至る裏書の形式的連続が認められるから手形法一六条二項により原告は一応善意取得を主張しうる法律上の資格を有するといわなければならない。

(被告の抗弁について)

被告は、原告は悪意又は重過失により本件手形を取得したから正当な手形権利者ではないと主張するので検討する。

被告の全立証によっても、原告が、本件手形の盗難被害手形たる事実を知って取得したとの事実は、これを認めるに足らないからこの点の主張は採用し難い。

然し乍ら≪証拠省略≫によれば、原告会社は手形割引を業とする金融業者であるが、本件手形は、井口茂からの紹介により何等の調査をすることなく松下と称する人物より取得したものであることが認められるところ、他方証人井口茂の証言によれば、本件手形は、松下なる人物が所持し、割引先のあっせん方を依頼したもので、その松下は素性も住所も分らぬ人物であり無論被告会社に本件手形の照会をしたこともないというのであり、更に証人上田正次の証言によれば本件手形の窃盗犯人は京都で逮捕され有罪の判決をうけたのであるが、その捜査に際し井口茂方を調べたところ松下のゴム印があったというのであって、以上の各事実を綜合すると、松下なる人物は仮名の疑いのある可成問題の人物と認められるところ、およそ金融業者たる原告が金額三、五〇〇、〇〇〇円の手形を割引くに際し、面識なく、かつ素性も住所も分らぬ人物から何等の調査をすることなく手形を取得することは、社会通念からみて取引上当然必要とされる注意義務を怠ったものという外なく、たとい被告会社がいわゆる一流会社であるからとて、又井口茂が被告会社の石油を販売する業者であるからといって異別に解すべき筋合のものではない。原告は井口茂が被告会社に本件手形を照会したと主張するが、その事実のないことは前記のとおりであり、寧ろ、原告代表者本人の供述(第二回)する如く被告が一流会社であるならばその振出にかかる手形を素性も住所も分らぬ人物が所持していること自体に疑いをさし狭むのが普通人の取引上の常識であって甲第一号証によって認められる第一裏書の裏書人名下の印影が解読不能であり右会社印とも代表者の印とも解し得ない点などを考慮すれば、益々その疑いが深まる筈のものである。そうだとすれば、原告は、たとい本件手形が盗難被害手形である事実を知らなかったとしても少くとも不正な手形であることの疑いをもちつつ相当の調査をすることなく本件手形を取得したものと推認すべく、本件手形の取得に際し重過失があったものと認定するのが相当である。

そうすると原告は本件手形を善意取得しなかった無権利者であるからその余の判断をなす迄もなく本訴請求は失当として棄却すべく、これと符合する手形判決は相当である。よって民訴法四五七条一項、四五八条一項、八九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 仲江利政)

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